【現場の記録】任された日が、私の“本当のはじまり”。
― 迷いながらも進んだ、その一歩がすべてを変えた。

「今日から、一人で現場に入るぞ」
その言葉を受け止めるのに、少しだけ時間がかかった。
でも彼女は、目をそらさずに、うなずいた。
これまで何度も、先輩と一緒に現場をまわってきた。
工程表をめくる手も、KY(危険予知)ミーティングも、慣れてきたつもりだった。
だけど今日、「自分で見る、自分で判断する」という責任の重さは、やっぱり違った。

作業内容は、橋梁のひび割れ補修工。
補修のVカット位置にマーキングするのも、はつりの深さを確認するのも、
今日から彼女の“仕事”だった。
朝の一番に職人さんたちの前で話すとき、
緊張で言葉が詰まりそうになる。
けれど、ふと顔をあげると、
誰も彼女を急かさない。じっと、まっすぐ見てくれていた。

「よかよ。まずは、1つずつでいいけん」
一人の作業員が笑ってそう言ったとき、
彼女は初めて、深く息を吐いた。
橋の上に吹く風が、少しやわらかくなった気がした。
ひび割れの数を記録し、工程を1つずつ確認していく。
途中で先輩に電話してしまったけれど、
夕方、完了報告書に日付を書いた手は、
朝よりもずっと落ち着いていた。

■ 「自分で立った」ことの重みと誇り
この日、彼女は何かを“やり切った”わけじゃない。
けれど、初めて「自分で現場を歩いた」その感覚は、きっと忘れない。
いつも後ろにいた自分が、
今日は最前線に立っていた。
誰も見てないようで、ちゃんと見てくれている。
その安心感と誇りが、彼女の顔を強くした。
橋は、何十年も人と車を支え続ける構造物だ。
その橋のほんの小さなひび割れを、
彼女が自分の目で見て、自分の言葉で伝えた。
それだけで、今日は十分だった。